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2010年2月19日金曜日

お出かけ*奈良の西から東へ

今週は仕事も休んでずっと家に籠っていましたので、好天に恵まれた今日は
久しぶりのドライブで広範囲にお出かけしてみました。

まずは信貴山朝護孫子寺。

   

寅年の今年に一度はお参りしておきたいと思ってました。
『毘沙門天立像』も『信貴山縁起絵巻』も、3日前に特別公開が終わったところで
同じお参りするなら、そういう日に合わせればよかったんだけれど、まぁいっか。
その上、今日から始まった「毘沙門天結縁潅頂厳修」という12年に一度行われる
毘沙門天信仰の最高の法儀のため、本堂までもがびたっと閉まって
お参りも扉の外からという間の悪さでした・・。

気を取り直して山頂にある一願成就の空鉢護法堂まで登りましょう。
(山頂までの参道には寄進された朱塗りの鳥居が延々と続く。奉納鳥居・・お寺にも鳥居があるんだ・・・)
毘沙門天信仰は商売繁盛や金運如意やらにご利益があるとされているので
そういう願い事のエネルギーが渦巻いていて、しばらく家に籠っていた私達にはちとしんどいものがありました。
(もう若くはないのかなぁ。ここに充満している元気一杯のエネルギーについていけない・・)
でも片道30分、ふうふう言いながら登った山頂からの景色にはちょっと癒されました。
ぽっこり丸い小さなお山が見えて・・・急に行きたくなったところは・・・


こちらです。 

三輪山登拝、出かける前から計画していたのではなく
信貴山で急にここへ行こうと行き先変更したので時間的にはきついものがありました。
でも三輪山に登らせていただいている(こういう表現をしてしまうくらい厳粛なものがあります)間中
何かこう厳かなものを感じて、鬱蒼とした木々の間からこぼれる陽射しが煌めいているのも
苔むした地面、羊歯などに光が零れているのを見ていても
登るのがとても苦しくて足がつりそうなんだけれど、自然の美しさや風のそよぎに
心が清められていくのがとても気持ちよかったです。
(三輪山登拝についての詳細はこちら。)

さあ、次はこちらへGO。
信貴山で往復1時間、三輪山で2時間の登山をした身体をほぐしておかなければなりませんものね。
薬草風呂や塩サウナ、小雪がちらついた露天風呂と、あ〜♪ 心身ともにリラックス〜♪
そして今晩の〆はこちらでした♪ (今週2度目のちきんです^^)

帰宅してから、今日の走行距離はすごいよね。奈良県の西から東まで横断したものね。と
我ながら感心、よく遊びました。
(遊びの中に寺遊び、神社参りができるのも奈良のいいところなのであります☆)

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先週今週とまとまったお休みを取って、いったい何をしていたのかと言いますと・・・。
20年分の垢を綺麗さっぱり落としていたのでした。

ホテルという仕事柄、毎日のお掃除は手抜きを一切せずに
綺麗に磨き上げて仕上げているのですが
反面、プライベート空間には「とりあえず、ここへ置かせてもらっておこう」と溜め込んだモノが溢れかえっていて
お恥ずかしい限りで、とても見せられるものではないのであります。
ずっと何とかしなければ、何とかしたいと思いつつ中々整理整頓ができずに20年。
ようやく重い腰を上げて、まとまった時間を作って
夫婦二人でお互いの仕事ぶりを監視(笑)しながら「捨てモード」全開にして捨てる捨てる。
どちらか一方がどうしようか迷い出したら傍から「捨てる!」の命令が。
そうして家具のほとんどを一旦カラにして、簞笥もきれいに磨いてあげて
全ての引き出しの中も整理、一つずつ取り出しては綺麗にしてまた戻します。
結構日にちはかかったけれど、あらゆる物を拭いたり磨いたりしたので
毛細血管のすみずみまで綺麗になった気分で、本当に気持ちいいのです。

整理していて、昔に買った絵や版画や彫刻ももう少し順番に架け替えていこうと思いました。
写真左:ちょうど今の時期にぴったり。宮田渚さんの木版画。
写真右:竹股桂さんの石の彫刻も久しぶりにお目見え。シンプルでいいな。

  

こちらは息子小6の時の作品。ネズミの親子。
こんなモノがふっと引き出しの奥から出てくるのも片付けの楽しみですね。

2010年1月15日金曜日

お客様からお聞きした話*「法隆寺金堂修正会」

     

昨晩、法隆寺の金堂修正会に参拝されたお客様がいらっしゃいました。

「二月堂修二会(お水取り)」や薬師寺の修二会である「花会式」だけでなく
法隆寺の「修正会」にも、最近ちょっと興味があるので
何度か修正会に参拝されているお客様に、ちょうどいい機会とお話を伺いました。

法隆寺のHPには、
修正会期間中(1/8~1/14)のうち、10日〜14日の夕刻6時からの法要のみ参拝可
(但し、事前申込み必要。寺務所まで)
と、書いてあります。

昨年今年と申し込みをして行ってみたいなぁと思っていたのですが
寒い時期なのであまり早くに予定を立てるのもと思って躊躇しているうちに
機会を逃してしまいました。直前まで予定の立てにくい私でも
申し込めばすぐに参拝できるのか知りたかったのですが
事前申し込みをして参拝できるのは毎回30人という少人数だそうで
10月頃には申し込んでます・・・ということでした。
また初日と結願の日は法隆寺とご縁の深い方がほとんどなので
一般で申し込むのは中の日の方がいいということ。

う〜ん、軽い気持ちでちょっと参拝させていただこう・・・というノリではむつかしそうですね。
でもいつかご縁をいただく時もあるでしょう。

「本当に信心深い方々がお参りされているので金堂内はとても静かで厳かですよ」ともおっしゃってました。
うう、益々軽い気持ちでは行けないですね。

「金堂修復後は格子戸のところにガラス板がはめられて、すきま風で悩まされなくなってよかった」とは
何度も参拝されているからこそ言えるのですね。
1240年以上も続いている伝統の修正会に、私もいつか参拝できますように☆

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「金堂修正会(しゅしょうえ)」は
「金堂御行」や「吉祥悔過」ともよばれ、毎年1月8日から14日までの7日間、
晨朝、日中、日没、初夜、半 夜、後夜(六時の行法)の法要が行われます。
この修正会は国家安隠、万民豊楽、寺門興降の祈願を目的とし、
神護景雲2年(768)に初めて行われて、そ れから現在まで続けられてきた重要な伝統行事です。

(法隆寺HPより)

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同じく法隆寺では明日1/16より1/18まで夢殿でも修正会が行われます。
こちらは午後1時より。夢殿堂外より参拝可能です。

    

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修復後の金堂内は照明が少し明るくなって内陣の様子が以前よりよく見えるようになったとか。
法隆寺もしばらく訪れていないので、冬の静かな季節にまた行ってみよう・・・。
(写真はすべて2008年2月に訪れた時に撮影したもの。)

2009年6月13日土曜日

生駒郡安堵町「富本憲吉記念館」へ。

時を経ても なお。富本憲吉作品は今もってモダンで斬新、そして洒落ている。



近代陶芸の巨匠・富本憲吉の生まれ故郷、奈良県生駒郡安堵町にある「富本憲吉記念館」へ行ってきました。
大好きな作品を鑑賞するのは勿論だけれど、作品が発する「気品」というか「品格」が
いかにして生まれて醸造され昇華されたのか・・・。

絵を描くのが好きなので、私はどちらかというと作陶された器形よりも
そこに施された模様の方に、つい目が行きます。特に大好きな模様である
「四弁花連続模様」や「羊歯の連続模様」など、同じモチーフを連続させた草花模様を見ると
大仰な言い方ですが、いつも『神は細部に宿る』という言葉を思い出すのです。
それほど”完成された美”というものを、そこに感じてしまうのです。

生まれ故郷の大和の美しい自然が育んだと言われる富本芸術。
自然と対話することで生み出されたという美意識の源泉が、この奈良の地にあるというのは
同じ奈良県人としてとても誇らしいことです。

少しわかりにくい所にあって、私自身が今まで行きにくい所と勝手に敬遠していたのですが
一度行ってみて、もうこれでお客様にも(地図上でですが)ご案内できると思います。
法隆寺方面までお出かけでしたら、是非こちらも立ち寄り処に加えてみてくださいね。

ご一緒に同行して下さった、しをんさんの日記に、詳しくわかりやすい「富本憲吉記念館」レポが
書かれていますので、合わせてご参考にしていただければと思います。


     
富本憲吉が実際に過ごしたという離れ屋。
 富本デザインの浴衣地を屏風に仕立てたもの。
富本デザインの図案を軸装したもの。

「富本憲吉記念館」

住所:奈良県安堵町東安堵1442
tel: 0743-57-3300
開館時間:10:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日:火曜日・8月1日~10日、12月21日~1月4日
料金:大人700円・中高大生500円・小学生200円
交通:車で 西名阪自動車道法隆寺ICから約3km、約7分。無料駐車場有り。
交通:公共交通機関  JR法隆寺駅から「かしの木台1丁目」行きバスで約8分、東安堵下車、徒歩約5分。

メモ:富本憲吉(明治19年~昭和38年)日本を代表する陶芸家であり、昭和30(1955)年には色絵磁器の分野で
第1回重要無形文化財技術保持者(人間国宝)に認定されている。

2009年6月12日金曜日

額安寺~その2:ご縁があって奉納されたもの

額安寺(かくあんじ)に興味を持つきっかけとなったのが、織田弘喜画伯奉納の絵画でだったのですが。
まず、こちらの絵画「天の川」をご覧下さい。


水の神さまと言われる弁天さまが、天の川で月の竪琴を奏でる様子が描かれたこの絵は
画伯が2002年に大和郡山市を訪れた際に得たインスピレーションに基づいて描かれたものだそうです。

奉納当時94歳のご高齢にも係わらず、本堂に安置してから、絵とその場のバランスを見て
大作に手を加えられたのだとか。その時ばかりは背筋がピーンと伸びてすごいオーラが発せられていたそう。
(でもしばらくは本堂中に油絵の具のにおいが充満していたそうで・・・!)

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額安寺には、もう一つ、ご縁があって寄贈されたものがあります。
それは、お釈迦さまの遺骨である「仏舎利」。世界的な宗教画家だった故・杉本哲郎画伯のご遺族より
2年ほど前に奉納されたもので、この仏舎利は、インドのネール首相から杉本画伯に贈られたものです。

たまたま、この日(6/11)の毎日新聞朝刊の河内家菊水丸さんのコラム(奈良版)に
額安寺の仏舎利のことが書かれていましたので、お尋ねしましたら
とりあえずは金庫(?)に大事に保管されているのですが
いつかこの仏舎利を安置する舎利塔を建てたく、これからプロジェクトを展開していきたいと。

コラム「菊水丸の墓標慕情」の記事によりますと
来月7/11(土)7/12(日)に額安寺で開催される盆踊り大会に
仏舎利を詠み込んだ河内音頭が披露されます。
(ぼ、盆踊り・・・ですね。行ってみたい。マジ。← 独り言です)

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お寺でいただいた「参拝の栞」より、額安寺の由来と歴史などを書き記しておきます。

・この地は、621年に聖徳太子建立の学問道場「熊凝精舎(くまごりしょうじゃ)」があったところ。
・聖徳太子が病を患っておられたところ、叔母君の推古天皇が「希望するものは何か?」と尋ねられ
 太子は「熊凝の精舎を朝廷に献じ、大寺となし永く後世に伝えるよう」と志を述べられ
 天皇はそれを快諾されたのが額安寺の起こりです。
・寺号のいわれは、推古天皇の額にあった傷が、熊凝精舎へ祈願されて平癒したところから
 額安(ひたいやすらか)なる寺「額安寺」の寺号を賜ったと伝えられています。
・この辺りは古代、水路による交通の要所で、朝鮮半島からの渡来物などが、まずは
 この額安寺でいったん陸揚げされたと考えられ、仏教伝来の窓口にふさわしい大寺院だった。
 (法隆寺か、額安寺かというくらい)
・鎌倉時代に、衰えていた寺運を復興させたのが、西大寺の僧、忍性(にんしょう)さん。
 この近くで生まれた忍性師は、額安寺周辺で施薬、施食など社会福祉に貢献した僧として有名です。
(忍性は、奈良倶楽部近くにある、北山十八間戸を建てたのでも知られていますね。)
・その後、戦国時代には豊臣秀吉の命により、塔が四天王寺に移されたりと、寺運衰退の徒を辿り
 明治の中頃には荒廃著しく廃寺のような状態にまでなっていた。
・昭和50年頃から平成18年頃にかけて、廃寺同然だった寺の解体修理を
 私財を投じて復興させたのが先代住職と前住職のお二人であります。

こうして生まれ変わった額安寺に、ふとしたきっかけで訪れたのでしたが
美麗なる仏さまといい、由緒ある寺歴といい、復興にかけた先代住職の想いといい
感激しながら、お寺の方からお話をうかがった私達。

お寺の方も仰ってましたが、このような素晴らしいお寺をより多くの方に知っていただきたいと。
何十万人もの人達が鑑賞に殺到する仏像もあれば、額安寺の仏像のように奈良時代から1300年近くも
美しい姿のまま、ひっそりと佇む仏さまもあり、訪れる人も少ないから保存状態もよかったのでしょうが。
(そういう意味では複雑ですが・・・)もし、仏像大好きな方が、このブログを読んで
額安寺の仏さまに会いたい!と思っていただけたなら嬉しく思います。




額安寺(かくあんじ)

住所:奈良県大和郡山市額田部寺町36
tel:0743-59-1128
拝観料:400円
※以前は拝観するのに事前予約が必要でしたが、今は不要になってます。
近鉄橿原線「平端」駅より徒歩15分。

2009年6月11日木曜日

額安寺~その1:美麗なる仏さま

今日は安堵町にある「富本憲吉記念館」へ行ってきました。
大好きな富本憲吉作品の鑑賞が、お出かけの一番の目的だったのですが
ここまで行くなら、こちらも寄りたいなぁとセレクトしたのが、大和郡山市にある額安寺(かくあんじ)。

あまり知られていないお寺ですが、昨年10月に洋画家の織田広喜画伯が
300号の大作「天の川」を奉納されたお寺で、新聞で知ったその時から
いつか訪ねてみたいと思っていたところです。

その奉納された絵を、ただ観るだけのつもりで立ち寄ったのでしたが
そこには素晴らしく美しい仏像が安置されていたのでした。

お寺については後ほどに詳しく書こうと思っていますが、
まずは仏さまたちの一部分をご覧ください。

*仏像撮影とブログ掲載は許可を得ています**

ご本尊の十一面観音菩薩像。畏れ多いので御顔は伏せさせていただきます。

     
室町時代中期の作だそうですが、保存状態がとても良くて見事な美しい彩色が残っています!
そして厨子の扉絵も大変立派で美しいです。
まず真正面に座してお参りをしてから間近で存分に拝見。
本堂の薄暗い厨子の中にいらっしゃるというのに、そこだけ光り輝いているかのような美しさ。
とても素晴らしい仏さまを拝ませていただいて感激でした。

そしてこちらはご本尊向かって左の脇仏、吉祥天像。
鎌倉時代の作だそうですが、こんなに美しい状態で残っている錐金文様!どうよ!

    
        

織田画伯の絵を観に行っただけだったのに、この時点で、完全に額安寺にノックアウトされてしまいました。
一緒に付き合ってもらった、仏像好きの友人ともう手を取り合って大興奮!

お寺の方に詳しく説明していただいた後、次は、重要文化財となっている「虚空蔵菩薩半跏像」が
安置されているお堂の中へ・・・。
こちらの虚空蔵菩薩半跏像は我が国最古(奈良時代)の虚空蔵菩薩像として、
また美術的にも大変高く評価されているものとして有名だそうです。
小さなお堂の中へ入って、二人同時に「わ~」と驚きの声。
仏像に詳しい方の間では有名なのかもしれませんが、本当に全然知りませんでした。
これはこれは!思わずブラボーと叫んでしまいそうな素晴らしい仏さまです。

美しい仏像の部分をまずご覧下さい。

   
      

智恵と福とを授けると言われる仏さま。1300年近くも、こんなに美しい姿のままでここにいらっしゃったなんて
奇跡のようで、ただただ有り難いという気持ちでした。
御顔まで掲載することに少し迷いもありますが、美麗なる仏さまに高揚した気持ちを押さえきれないことに免じてお許しを。

     

額安寺には、この他に「鎌倉五輪塔」(重文)「忍性菩薩骨蔵器」(重文)や、
インド初代ネール首相手渡しの「仏舎利」など、ちょっとすごいものがあるのです。

お寺の由緒も、聖徳太子にまで遡るりっぱなお寺だったようで、
そういう詳しいことは、また次の日記に記してみたいと思っています。(・・・続く。)

2008年2月7日木曜日

法隆寺を一人占め♪

って、相変わらず大袈裟ですが^^

斑鳩町に用事で出かけた帰りに、
久しぶりに法隆寺へ行ってきました。





 

 





先日、写真美術館で入江泰吉さんの法隆寺の写真に触れて
そのあまりにも威風堂々とした寺院建築の美しさに
今更ながら惚れ惚れと見惚れてしまったのですが・・・。

 



いえ法隆寺そのものも勿論美しいのですが、
入江さんのカメラで写し撮られた、
写真の中の法隆寺に見惚れてしまったというべきか・・・。

とにかく私もあんな風に法隆寺を写し撮ってみたい!と。
とってもおこがましいのですが、
「入江さん、どんなところ撮ってたっけ?」と
色々なアングル思い出しながら法隆寺で遊んできました。



 法隆寺の瓦

中宮寺の瓦は菊の御紋


東大門から夢殿を見る。




西円堂 

 西円堂から斑鳩の里を見下ろす。

西側から見た五重塔

南大門から参道の松並木を見る。


パンフレットを熱心に読みながら歩いていると、
お寺の方と目があって尋ねるともなしに
色々丁寧に説明してくださいました。

一事が万事こんな調子で、ここのお寺の人はみんな温かい気がします。

このあと、法隆寺を出て中宮寺を拝観した時に
観光ボランティアをされている方とお話を・・・。

法隆寺には無料でガイドをしてくださる方が大勢いらして、
気さくに、そして熱心に説明をして下さいます。

皆さん本当に法隆寺を大切に思ってらっしゃって
そういう熱意がものすごく伝わってきて、
やっぱりここのお寺は温かいところなんだなあとしみじみ思いました。

斑鳩の里観光ボランティア
観光シーズン中はHPから予約された方がお薦めです。



ぐんと冷え込んだ平日の遅い午後に
ただっ広い境内に建つ世界最古の木造建築は、
今現在から軽々と時空を超え飛鳥時代まで遡って
私を想像の世界へ連れて行ってくれるよう。


広い広い境内のあちこちで、
美しい仏像との対峙のひととき、
時々私ひとりだけの時がありました。

心の中で「法隆寺を一人占め~!」
な~んてつぶやいてました♪

真冬の奈良にはこんな楽しみもあるのですね☆

小さなホテル奈良倶楽部