2010年2月22日月曜日

東大寺境内散策*奈良倶楽部流お奨めコース②散策しながら触れることが出来る天平時代の遺物

シリーズで書いていく予定の「東大寺境内散策*奈良倶楽部流お奨めコース」!
第一回目の「雑木林を歩く」に続いて、ようやく(待望の?)第二回目の記事になります。

さて今回は、散策しながら触れることができる「天平時代のもの」をピックアップします。
どのようなものがあるのか、まずはざっと挙げてみましょう。

▷法華堂(三月堂)の正堂
▷手向山経庫
▷梵鐘
▷南大門の礎石
▷正倉院
▷転害門
その他に(拝観時間外に見ることはできませんが)
▷八角燈籠
▷大仏さまの蓮弁
▷戒壇堂内の四天王や三月堂内の諸仏・・・などです。

ではそれぞれ、ちょっとした豆知識を++

▷法華堂の正堂(国宝)
 
上の写真は法華堂を西側から撮ったものです。
左の写真のちょうど真ん中あたり、後ろ姿の人物が立っていますが
その人物の向かって左側が、法華堂(三月堂)の「正堂(しょうどう)」で右側が「礼堂(らいどう)」です。
人物でわかりにくいかも知れませんが、ちょうどそこで高欄に段差があるのが見えます。
「正堂」は天平時代建立も、大仏殿よりも約20年も前に建てられているのです。
「礼堂」は鎌倉時代1199年に建てられたもので
さらに1264年に二堂を一つの屋根で覆うという大改修が行われ、現在に至ってます。
天平時代の建築と鎌倉時代の建築。
建築様式はそれぞれ違うのですが、見た目には違和感無く調和が取れた美しい姿のお堂です。
ちなみに、ここで法華会という法華経を講ずる法会が行われたことから
法華堂と呼ばれるようになり、法華会が毎年3月だったことで三月堂とも通称されるようになりました。
法華堂は国宝です。

▷手向山経庫(重文)

手向山神社の前にある校倉(重文)は奈良時代に建てられたもので
三月堂の前にある校倉(重文)は平安時代のもの。
どちらも散策しながら外観に触れることができます。
また非公開ですが本坊経庫(国宝)も奈良時代建立です。
これらの経庫についてはブログ内記事「東大寺境内の校倉をご案内☆」に詳しい説明と写真を掲載しています。

▷梵鐘(国宝)
  
東大寺創建時、天平時代のもので国宝。重さは26.3t。
京都の平等院、大津の三井寺の鐘とともに日本三名鐘に数えられ「奈良太郎」という愛称があります。
この鐘がつかれるのは、毎晩8時なのですが、修二会本行の間は夜7時と午前1時。
そして勿論大晦日の除夜の鐘もですね。
美しい天平の音色が夜の境内に響き渡って、とてもいいのですよ♪

現存の鐘楼は鎌倉時代に再建されたもの。(国宝)→ 

▷南大門(国宝)の礎石
  
東大寺の正門にあたる南大門は、幅29m、高さ25m。
現存する門の中では日本一の大きさで国宝です。
創建されたのは天平時代ですが、その後、倒壊や焼失の後、現在の南大門は
鎌倉時代に重源上人によって再建されたものです。
この再建された南大門を支える18本の柱の下の礎石は
天平時代の創建当時のものをそのまま使っていて、その上に柱を立てた構造になっています。

▷正倉院(国宝)

正倉院についての詳しいことはブログ内過去記事でご覧下さい。
奈良時代創建。国宝。正面33m、側面9.4m、高さ14m、床高2.7m。寄棟造、本瓦葺。

▷転害門(国宝)

奈良時代創建。国宝。正面15m、側面7.73m、高さ10.64m。三間一戸八脚門、切妻造、本瓦葺。
東大寺創建当時には、南大門の他に西面に3門、南面に2門の合計6つの門があったそうで
現在まで、ただ一つ創建当初の姿を伝えているのは、この転害門だけです。
(鎌倉時代に大規模な修理が行われ、大仏様という様式が取り入れられたので
厳密にいえば、天平時代そのままの姿ではないのですが)
二度の東大寺炎上にも奇跡的に焼けずに、天平時代の東大寺伽藍の様子を伝える貴重な建築になっています。
10/5に行われる転害会の様子のブログ内記事はこちらです。


・・・・・・・・ここまでは拝観時間に関係なく、東大寺境内を散策中に触れることができるものです。
(正倉院は時間外の場合は塀の間から覗いて見ることができます。)

では次に大仏殿の中に入ってみましょう。

▷八角燈籠(国宝)

大仏殿前に立っている銅造の八角燈籠も
2度にわたる大仏殿の炎上を無事にくぐり抜けた歴史的な遺品で
天平時代の工芸技術の粋を今に良く伝えています。
灯籠としては最大級の大きさで、8面の羽目板のうち4面には
横笛(西南面)・尺八(西北面)・銅祓子(東北面)・笙(東南面)の楽器を持った
音声菩薩が浮き彫りにされています。(下の写真左より順に)
   
この写真は1月の朝8時頃に撮影したもので
ちょうど西北面の音声菩薩(写真左から2枚目)に朝日が当たって、とても美しいです。
この4面の音声菩薩の内、横笛(西南面)・尺八(西北面)の2面は特に天平時代のままのものです。

下の写真左は灯籠の竿に記された経典。写真右は灯籠の宝珠。この下の請花も天平時代のままのもの。
 
先日の「なら瑠璃絵」の夜間拝観時に撮影した八角灯籠。灯りが灯って幻想的です。

大仏さまの大きさに圧倒されて
大仏殿の目の前にあるこの八角燈籠はつい見過ごしてしまいそうですが
是非こちらも目にとめて見て下さい。

▷大仏さまの蓮弁
下の写真は昨年の秋に参加した講座で、大仏さまの足元まで登らせていただいた時のもの。
大仏さまは2度の兵火で無惨な姿になりながらも
鎌倉時代・江戸時代と2度復興再建がなされ体には無数の継ぎ目が入っています。
下半身から蓮華座にかけては、奇跡的に創建当初の姿が残されていて
天平時代に描かれた蓮華蔵世界が表されています。
  

 
写真右の金箔は天平時代のもの。
一般には大仏さまの足元まで上ることはできませんが
この蓮華座のレプリカが大仏さまの左足元辺りにおいてあります。

▷戒壇堂内の四天王像や三月堂内の諸仏

三月堂の仏たち。本尊も含めて14体が天平時代に造られたもので
いずれも漆塗りの乾漆造か粘土製の塑像です。
戒壇堂の四天王像も粘土製の塑像で
1300年近くの間、よく地震や火災の被害を免れて護り伝えられてきたものと
ここへお参りする度に、そういうことも有り難いことと、しみじみと思うのです。

※これを書いている時に「法華堂の須弥壇を解体修理」がニュースで発表されました。
内容を要約して、以下に記しておきます。

三月堂の須弥壇はシロアリの影響などで以前から劣化が指摘されてきた。
現在は下からジャッキで固定しているが、地震対策もあり修理することになった。
このため、今年5月18日から7月31日まで堂内の拝観を停止する。

8月から拝観を再開するが
修理期間中は伝日光・月光菩薩(がっこうぼさつ)立像、帝釈天(たいしゃくてん)像、梵天(ぼんてん)像(いずれも国宝)、
地蔵菩薩像、不動明王像、弁才天像(いずれも重文)の7体だけで
9体は奈良国立博物館などに移して修理。
南側の礼堂からガラス越しでの拝観になる。
さら に、11年10月以降は、日光・月光菩薩など4体を
境内に建設中の収蔵・展示施設「東大寺総合文化センター」に移す予定。

また、法華堂の拝観停止中は、
鎌倉時代の僧の肖像、重源(ちょうげん)上人坐像(国宝)が安置される俊乗堂を特別公開する。

・・・ということで、法華堂の堂内の、今のような16体の仏様が一堂にそろい踏みされる様子は
5月で見納めになるのですね・・・☆

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シリーズ「東大寺境内散策*奈良倶楽部流お奨めコース」の第三回は
知っているとちょっと面白い豆知識をオンパレードでお届けの予定です。お楽しみに〜♪