2010年3月4日木曜日

二月堂修二会「お水取り」2010*お昼に二月堂へ行けば

「お水取り」と言うと「夜」というイメージが強いのですが
実はお昼にも、練行衆は二月堂で行法をされているのです。

簡単に修二会の1日の流れと、お昼の二月堂の様子をご紹介しましょう。

修二会では、一日を日中から夜明けまでを六つの時に分けて、それぞれ
「日中」「日没(もつ)」「初夜」「半夜」「後夜」「晨朝(じんじょう)」と呼びます。
六時それぞれ に悔過作法が勤められ、さらにその間に様々な法要や行事、作法が組み込まれています。(東大寺のHP参照)

まず最初の勤行、「日中」と「日没」はお昼間に行われますので
普段の日は、13:00頃から15:00頃に二月堂に行けば、その行法の様子を聴くことができます。
(ただ、初日の3/1だけは、「日中」の勤行を深夜3:00頃に勤められて
「日没」上堂は16:00頃になります。下堂は17:40頃。)

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まだそれほど忙しくなかった3/1と3/2のお昼間、チェックインまでの少しの時間帯に
二月堂にお参りに行くことができましたので
その時に撮った写真で、少し雰囲気をご覧下さい。

まず3/1。
この日のお昼の上堂は16:00頃ですが、私が二月堂へ行っていたのは13:30~14:30頃の時間帯。
3/1のこの時間は湯屋で入浴をされている時間なのですね。

またこの時間帯、食堂南の広場では
松明を担ぐ童子さん達が、3/12の籠松明の部品を作っているところでした。

この部品作り、
13:30きっかりに「始めまっせ」の掛声で作業が開始され黙々と手際良く作り上げていかれます。
その無駄の無い仕事ぶりに、しばし見とれておりました。

この食堂南の広場は、「生飯投げ(さばなげ)」が行われるところですが
よく見ると・・・
おや、若狭井の屋根に投げられた生飯が、たくさん転がったままです。
初日の今日は、この施しに鹿さん達まだ気づいてないのですね。

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籠松明の部品作りに興味があったので、翌日3/2もまた同時刻に二月堂へと足を運びました。
この部品作りの様子はまた後日ブログにてアップしようと思ってます。

3/2は、「日中」「日没」の勤行の間、ほんの少しの時間だけでしたが、
西の局に入ってお声明を聴いてお参りすることができました。

お昼間に二月堂でお声明を聴くのは、夜の堂内とはまた違って開放的というか、明るいので
ここはこういう風になっているのか・・・と納得することもあって
また時間が取れれば、もう一度聴聞してみたいと願っています。

余談ですが、写真家の方にお聞きした話によりますと
白い戸帳に、西から差し込む夕日でできた格子戸の影が映って
夕方の聴聞というのも、またいいものだそうです。

さて15:00頃には お昼の勤行を終えて、大導師、和上、咒師が下堂されます。


残られた堂司、平衆たちは、内陣の掃除、初夜法要の準備をしてから15:30頃に全員下堂。


そして入浴のあと夕刻まで僅かの時間を仮眠に当てられる・・・。
その後19:00にお松明の灯りに先導されての初夜上堂。
「初夜」「半夜」「後夜」「晨朝」と勤められ、
下堂される時間は(日によりますが)深夜1時から午前4時半頃までの間・・・。
(練行衆は、正午に「食堂作法」として長い祈りの後に食事をとった後は
これ以降、下堂の時まで食事は勿論水を飲むことさえ禁じられているのです。)

こういうことを書物などで読んで知識として知ってはいても
「日中」「日没」の勤行の一部分を見聞きしただけですが
1日の大半の長い時間を厳しい修行に費やされていることを
今更ながら実感して、本当にすごい行なのだと感じました。

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さて、内陣掃除の間、残りの練行衆が下堂される時間まで北の出仕口あたりで待っていましたら
何やら、塵とりでゴミ箱に捨てられるものがあります。
これは?

  
少し茶色のものが抹香で白いのがハゼ(糯米の籾)を炒ったもの。
散華行道の際に内陣に撒かれたものを掃き清めることによって
邪気も一緒に掃いて浄めるのだそうです。

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二月堂での午後の様子をご紹介しましたが
奈良倶楽部のお客様が朝食前のお散歩で二月堂へ行かれたら
毎夜、二月堂の夜空を焦がす「お松明」を作っている様子が見られます。

毎夜上がるお松明は「上堂松明」といい、1日10本。
お松明を担ぐ童子さんがそれぞれ自分の分を毎朝8時頃までに作ります。

  

青竹の先に6枚のへぎを放射状に挟んで芯とし、杉の青葉、枯れ葉を挿し込んで球形に仕上げます。
出来上がった松明は登廊の入り口に立てかけて置かれます。

このお松明よりまだひときわ大きいのが12日に担がれる「籠松明」です。
では次回は籠松明の部品作りの様子をご紹介いたします。